うどん屋の新人店員と既卒インターンシップ

   労働者に寛容であること

先日行き付けのうどん屋で食事をした時の話。なんだか見慣れない店員さんが。見ると胸には「研修中」と書かれた名札を付けている。接客は非常にぎこちなく、いかにも新人さんという感じ。

僕は悪意が明確であったり意図的な行為には厳しくても、基本的にミスには寛容で(少なくとも自分ではそう思ってる)、研修中の新人さんには特に寛容でありたいと思っている。

労働者にとっての利益と消費者にとっての利益はトレードオフになることがあり、目先の利益にとらわれると巡り巡って自らの首を絞めることになることは幅広く知られている。消費者としては嬉しい値下げは人件費削減圧力を生み出し労働者としては苦しい給料の引き下げに繋がる、といった具合に。しかし逆にこの構造下では消費者として何らかの不利益を受け入れることによって労働者の待遇を向上させたり雇用を増やすことも出来るのではないかと考えることも出来る。



   求人数を左右する要素は何か

太田聰一著「若年者就業の経済学」では、求人数を左右する要素の中の労働者一人あたりの期待利益に関連する項目として①企業が負担しなければならない賃金コスト②採用した労働者の訓練費用③労働者の離職率④採用した労働者の能力の不確実性⑤雇用や賃金調整の柔軟性、の5つが挙げられている。

消費者として新人や研修中の労働者のミスやぎこちない対応に寛容であることは(もちろん熟練労働者にも寛容であるべきなのは言うまでもない。新人や研修中の労働者にはより一層、という話。)この中の②を軽減する効果があるのではないか。もし消費者が研修中の労働者の対応やミスに事あるごとにクレームをつけたら、企業としては研修や訓練が必要な労働者の採用を手控え、経験者ばかりを雇うことでクレームを受けるリスクを軽減し、社会的地位が低下することを回避しようとするだろう。雇用の拡大を目的とした労働政策を考える際にも、上記5項目の①〜④を軽減し、⑤を拡大するという方向性を意識することが大変重要であるように思う。



   「新卒者支援プロジェクト」とは

僕が研修中の労働者に寛容でありたいと思う背景には、僕自信が経済産業省主催の「新卒者支援プロジェクト」というインターンシップを利用して実習生として働いた(訓練した)経験(※追記参照)が大きく影響しているように感じる。このインターンシップは上記「労働者一人あたりの期待利益に関連する項目」に照らし合わせても大変理に適った制度設計がなされており、この機会に詳しく紹介したい。

インターンシップと聞くと学生が夏休みや春休みを利用して数日から1ヶ月ほどの期間で行うものという印象が強い方もいるだろうが、日本のような新卒一括採用慣行のない多くの先進国ではむしろ学校卒業後に正社員として就職する為に経験する研修期間のことをインターンシップと呼ぶことが一般的であるようだ。

外国での運用のされ方と同じように、学生を対象とした制度ではないにもかかわらずこのインターンシップが「新卒者支援プロジェクト」と新卒を冠しているのは、ここで言う新卒の定義が政府の提言している「卒後3年以内は新卒扱い」に基づいている為である。その為対象者は最終学歴に関わらず「卒後3年以内」で、卒後3年以内であれば年齢やその間の職歴も問われない。実際に僕のインターンの同期に該当するメンバーは、年齢は19歳〜26歳、学歴は高卒から大学院修士課程卒までと幅広く、中には正社員としての勤務経験のある者もいた。紛らわしいが、事実上対象者はいわゆる「既卒者」だったことになる。



   訓練生には日額7000円、受入先企業にも日額3500円

僕が経験したインターンシップは期間が最大6ヶ月で、インターン期間中は受入先企業からは給料は支払われず、替わりに国から「技能習得支援助成金」という名目で日額7000円が支給される仕組みだ。その間企業側にも「教育訓練費助成金」という名目で日額3500円が国から支払われる。

またこのインターンシップは期間終了後の正社員登用が約束されているわけではない。正社員登用に至らなかった時は当然他の就職先を探すことになるわけだが、その際でも少なくとも数ヶ月間場合によってはOJTにも等しい訓練を実際に経験したことは有利に働くであろう、未経験者よりは優遇されるのではないかという意図が感じ取れる。ちなみにインターン期間終了を待たずして正社員雇用に切り換えることに関しては企業側と実習生の合意さえあれば特に制限はない。



   マッチングの精度を向上させる可能性が

ここでもう一度太田聰一氏が著書の中で示している「求人数を左右する要素の中の労働者一人あたりの期待利益に関連する項目」を振り返ってみよう。①企業が負担しなければならない賃金コスト②採用した労働者の訓練費用③労働者の離職率④採用した労働者の能力の不確実性⑤雇用や賃金調整の柔軟性、の5項目である。

まずこのインターンシップを利用することの企業側のメリットとして、「④採用した労働者の能力の不確実性」が大きく関わってくる。現在の日本における採用選考は、書類審査と面接による選考がほとんどで、実務を通して求職者の能力や適性を観察し採用の可否を判断するようなケースは極めて稀なのではないだろうか。書類審査と面接から読み取れることには限界があるはずだ。

それでも職務経歴が豊富ないわゆる「経験者」の場合であれば、これまでの経歴や実績からより多くの情報が得られるだろうが、日本の多くの企業が採用対象としている新卒者に関しては職務経歴がない人がほとんどである。近年新卒で入社した正社員の高い離職率(上記5項目の③にも該当する)が問題になっているが、その背景には新卒という未経験者を中心とした採用や、その新卒の能力や適性を実際に働かせてみることなく見抜こうとする採用方法の限界が一因として挙げられるのではないか。

このインターンシップでは採用側は6ヶ月間実際の作業を通してじっくり実習生の能力や適性を観察した上で正社員登用の可否を判断出来る。いざ正社員として働き始めてから「こんなはずじゃなかった…」という経験をする可能性は一般的な採用の方法よりもずっと低くなるのではないか。あるインターン同期が実習していた企業は「実際に働かせてみないと労働者の能力なんて評価出来ない」という社長の考えの下、インターンを経由した正社員採用しか行っていないそうだ。



   労働者の訓練コストを誰が負担するのか、新しいカタチ

またこれは求職者にとってもメリットが存在する。求人表から読み取れる企業情報も採用側にとっての履歴書と同じようにやはり限定的で、働いてみないと分からないことは多かれ少なかれ存在する。この6ヶ月のインターンシップ期間は企業もある意味品定めをされているのだ。企業側は正社員登用したくとも、求人表では読み取れなかった労働環境や待遇面での実態を目にすることによって、実習生側が継続して働くことを望まないケースも当然出てくる。正社員採用の前の段階でこうしたプロセスを踏むことは正社員採用後の「③労働者の離職率」を低く抑える効果も期待出来る。

そして企業側にとってこういったインターンシップを利用するメリットとしてこの制度が「②採用した労働者の訓練費用」を軽減するものである点も無視出来ないだろう。同じ未経験者であってもこうした実習期間を経て正社員になるのといきなり正社員になるのでは、採用段階での職能レベルには大きな差が生じる。企業にとっては新人を自費で一から教える手間が省けるというわけだ。国が労働者の訓練費用を肩代わりしていると考えることが出来る。

新人は戦力にならないと言われることがあるが、上記の日額7000円の「技能取得支援助成金」はそんな戦力にならない新人の給料を国が負担することによって訓練コスト(あるいは「①企業が負担しなければいけない賃金コスト」)を引き下げる効果が期待される。だが戦力にならない新人の給料を国が負担すれば企業にとっては新人の訓練コストが相殺されるかと言えば、それだけでは不十分である。新人の訓練に際しては先輩にあたる労働者が指導役として割り当てられるが、その労働者が指導を担当しなければ本来得られたはずの労働力・生産性も訓練コストとして捉える必要があるからだ。国から受入先企業に支払われる日額3500円の「教育訓練費助成金」は、この指導役社員の生産性を補償する意味合いがあるのではないだろうか。



   社会保障の側面から見た既卒インターンシップ

近年先進国の社会政策(労働政策+社会保障)においてワークフェアという考え方が広まってきているそうだ。ワークフェアとはwork(働く)とwelfare(福祉)を組み合わせた造語である。失業対策にセーフティネットは不可欠だが、単に手厚いセーフティネットを整備するだけでは失業者の勤労意欲が削がれ、再就職が困難になり失業手当や生活保護をはじめとした社会保障に頼り続けなければいけなくなってしまう危険性がある。こうした状況は「貧困の罠」という言葉でも表現される。

その為、あくまで将来的な再就職を視野に入れた社会保障の整備という考え方に基づいた制度がワークフェアということだ。具体的には職業訓練への参加が失業手当の受給要件である、などがワークフェアの取り組みとされる。そして僕が参加した「新卒者支援プロジェクト」は経済産業省が主催するあくまで就職支援のようだが、考えようによっては社会保障的な側面も備えたワークフェア政策と言えるのではないだろうか。

日額7000円の「技能取得助成金」は、当然欠勤した日の分は受け取ることが出来ない。そして止むをえない理由での欠勤を除き(僕は忌引による欠勤がやむを得ない理由として認められた)月間16日以上出社しなければその月の分丸ごと支給されなくなってしまうという制度設計がなされていた。事実上訓練(実習)が受給要件になっている失業手当のようなワークフェア政策と変わりない。あくまで就職支援として扱われる既卒インターンシップだが、このように社会保障的側面からの評価も必要であるように感じる。



   「卒後3年以内」以外の求職者にも訓練機会の解放を

このインターンシップは「卒後3年以内」が応募の条件だったが、実際に利用してみて、決してこの仕組みの持つ性質が卒後3年以内の者や若年者にしか馴染まないといったようなことはないように感じる。OJTや就職支援が必要な求職者というのは何も若年者に限った話ではない。対象者が卒後3年以内の者限定である必要はなく、本質的には幅広い年代・属性の人の就職支援として転用可能な取組みだ。対象者が「卒後3年以内」限定というのも予算の都合、また新卒一括採用という日本で主流な採用慣行の延長線上で設計されているからというだけの話でしかないのではないだろうか。

もちろんこの仕組みを全世代の求職者の就職支援に応用する為には、職務上の序列と年齢がバラバラになることを嫌う日本企業にありがちな体質を改める必要がある。自分よりも遥かに年上の実習生を指導するといった状況に果たして耐え得るのか。

とはいえ経済が成熟した先進国において、高い経済成長率を達成する為に雇用の流動性を高め衰退産業から成長産業にどんどん労働力を移動させていく必要があるのであれば、世代に関わらずこうした仕組みを利用して訓練機会を提供することは不可欠になってくるのではないかと思う。また少子高齢化が顕著な日本においては年齢が高くなっても可能な限り再訓練を施すことによって労働力として活用する必要性に迫られるのではないか。そういった意味でも可能性を検討するに値する制度だと思う。



   新卒一括採用+OJTに頼らない制度設計

このように、現在はまだ学生の長期休暇での就業体験といった認識しかないインターンシップだが、学卒者のキャリア形成の手段として幅広く認知され、独自に活用されるだけでも企業・求職者双方に様々な利益をもたらす可能性がある。またこれに国や地方自治体、経済団体などが参画することによって社会保障的な側面が強い政策として運用したりとさらなる可能性も拓けてくるように感じる。

新卒一括採用+OJTというセットがこれまでの日本では上手く機能していたのかもしれないが、近年はグローバル化による競争の激化もあって、企業がこれまでのように新人の訓練コストを捻出出来ないということも指摘されている。今までのやり方に固執するのではなく、そろそろ新たな採用プロセス・人材育成のシステムについて検討する時期にきているのではないか。




William Yamin


※新卒者支援プロジェクト概要(中小企業庁)
http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/koyou/2012/download/120117NJAP_G.pdf

※新卒者支援プロジェクト実習事例集(中小企業庁)
http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/koyou/2011/download/110218NJAP.pdf

※書評:太田聰一著「若年者就業の経済学」
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2011/04/pdf/074-087.pdf#shohyo_1


追記:2011年6月から「新卒者支援プロジェクト」を通してWilliam Yaminは製造業の企業にて実習生としてインターンシップに参加していました。インターン開始3ヵ月で海外派遣要員としての正社員登用が内定していましたが、健康上の理由から退職、インターンも中断せざるを得なかった経緯があります。